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東京地方裁判所 平成元年(ワ)292号 判決 1993年5月25日

主文

一  被告は、原告に対し、金一三億二九二三万八四四七円及びこれに対する平成元年一月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2(消費貸借契約)の事実は、弁済期を除き当事者間に争いがなく、破産会社が昭和六二年八月三一日に被告から利息年一二パーセントの約定で一五億円を借り受けたことは明らかである。

そこで、右弁済期について判断するに、《証拠略》によれば、本件債務の弁済期は昭和六二年一一月三〇日と認められる。

もつとも、被告は、契約書上本件債務の弁済期は昭和六二年一一月三〇日と記載されているけれども、本件消費貸借契約締結の際、当事者間の真の合意としては弁済期は同年九月三〇日とする旨定められていたと主張する。そして、前掲各証拠に加えて《証拠略》によれば、確かに当初破産会社が被告に対し融資の申込みをした際には、繋ぎ融資としての申込みであつたこと、被告の貸付金利が年一二パーセントと高いこと等から昭和六二年八月二八日までの両者間の交渉では原則として借入期間は一か月とし、しかもなるべく早く弁済する方針であつたことが認められる。しかしながら、他方、同月二九日になつて破産会社の財務経理担当従業員片山秀也が同年九月三〇日以後の資金繰りについての懸念から、支払の繰延べを余儀なくされた場合の手続の煩瑣、手数料等の二重負担等を指摘したため、最終的には余裕をみて借入期間を三か月として契約書が作成されたこと、このため破産会社としては利息負担が重いこともありなるべく早期に返済したいと考えていたことが認められる。

また、被告は、右契約書の弁済期の記載について借入期間としてはあくまで一か月であつてこれを一か月ごとに切り替える方式として、その最終期限を昭和六二年一一月三〇日とする趣旨である旨主張し、被告代表者尋問の結果中にはこれに副う供述部分が存する。しかし、同供述によつてもその具体的内容は必ずしも明らかではなく、一方で同年九月三〇日の期限には一旦借入金全額を実際に弁済する義務があるとしながら、前記契約書記載と被告が主張するところとの乖離の理由について、切替えのための書類作成の手間や費用の節約のほか、万が一弁済資金の準備が間に合わなかつた場合についての対処としての意味がある旨述べてこれに矛盾する説明をしており、到底信用できない。しかも、そもそも形式上にせよ契約書上の弁済期を同年一一月三〇日とすることは同年九月三〇日に弁済がなされない場合でも法律上の責任を生じさせないという点で初めてその意味を有するはずであつて、仮に両当事者ともに早期弁済を企図していたとしてもそれはあくまでも努力目標であり、これをもつて本件消費貸借契約上の弁済期ということはできないはずのものである。

さらに、前掲各証拠によれば、本件貸付金の利息は本来三か月分を前払いすべきところ、二か月分のみが前払いされており、最後の一か月分については被告において特にその支払を猶予し、破産会社において同年一〇月末日までにこれを支払う旨の念書が差し入れられていること、後記認定のとおり本件債務の代物弁済として振出された小切手の一部は、被告主張の弁済期である同年九月三〇日より前の同月二九日に振出し交付され、破産会社の総勘定元帳上同日付で返済扱いとされていること、被告会社の銀行借入・利息一覧表上本件借入金の期限は「昭和六二年一一月三〇日」と明記されており、支払の繰延べ・借替え等により弁済期が実質的に猶予される場合とは明らかに異なつた扱いがなされていること、本件債務の弁済が後記認定のとおり現金払いが原則のところ、多数の手形・小切手により同年九月二九日から同月三〇日にかけて五月雨式になされ、弁済期に余裕をもたせるという当初の趣旨と相入れない異常な形態をとつていること等の事実が認められる。

以上の事実を総合考慮すると、本件消費貸借契約上の弁済期は昭和六二年一一月三〇日と認めるのが相当であつて、被告の右主張は採用できない。

3  請求原因3(破産会社の弁済行為)及び4(破産会社の危殆状態)について検討する。

(一)  請求原因3冒頭の事実のうち、被告が破産会社から本件手形・小切手の交付を受けたこと、被告において本件手形・小切手を支払のため呈示し換金したことは当事者間に争いがなく、また、同(一)ないし(三)の事実並びに請求原因4の事実のうち、破産会社の資本金が二億円であること、訴外会社が破産会社の全株式を保有する親会社であること、破産会社が設立当初から極端に資産状況が悪いことは当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実に加えて、《証拠略》によれば、破産会社の営業状態、本件各弁済及び債務超過について、以下のとおり認められる。

(1) 破産会社は、貿易金融を主な目的として昭和五九年四月二四日に設立されたが、その後一向に業績は上がらず、結局、昭和六三年一二月一九日午前一一時東京地方裁判所において破産宣告を受けるまで一度も利益を計上できない状態であつた。破産会社の資金源は、そのほとんどすべてを訴外会社の継続的保証に基づく借入金に依拠していたが、昭和六二年九月二九日当時その借入債務額はその資本金がわずか二億円であるのに対し、本件債務の一五億円を含め総額五九億円余にのぼり、他方、唯一の担保価値のある資産である本件不動産にはその担保価値の最大限に近い先順位の根抵当権(極度額合計三〇億円)が設定され担保余力はほとんどなかつた。

(2) したがつて、破産会社が自力で右債務を返済することは不可能であり、訴外会社の保証がなくなれば会社運営のみならず右借入債務弁済のための資金調達の途も断たれ、いつでも直ちに倒産する状態にあつたところ、訴外会社は、破産会社の経営状態が思わしくなく自己の保証債務額が高額となつたため、昭和六一年九月ころから破産会社の閉鎖を検討するようになつた。これに対し破産会社の代表取締役であつたマシュウ・ディ・フォレスト(以下「フォレスト」という。)は、新規出資者の開拓を提案し、訴外会社としても自己の高額な保証債務を軽減するという意味で望ましい方向であつたため、一定期限まで破産会社において右保証債務の総額自体の減少に努めさせるとともに、破産会社に対する新たな資金出資者を探させて右出資者に訴外会社の地位を引き継がせ、訴外会社自身は破産会社から撤退する方針をとることとした。かかる観点から、訴外会社は、フォレストとの間で、昭和六二年三月三一日、訴外会社が所有していた破産会社の全株式を同人に対し代金三五〇万米国ドルで一旦売却することとし、まず形式的に親会社の地位を離れ出資金の回収をはかると同時に、右期限を同年九月三〇日とし、フォレストが同期限までに新規出資者との合意、保証債務の消滅を履行できないときは、訴外会社に対し破産会社の全株式について議決権信託をなすことにより訴外会社において破産会社の清算を含む方針の決定及び対処をなし得る旨の株式譲渡契約(以下「SPSA」という。)を締結した。

(3) しかし、破産会社による新規出資者との交渉は難航し、昭和六二年七月新規出資者候補の筆頭であつたオーストラリアのプラットグループとは昭和六二年七月四日に覚書を交わしたものの、同社の右覚書に基づく破産会社に対する送金が当初破産会社が要求していた同年八月末日に期限の到来する三和銀行に対する債務八億円及び三菱銀行に対する債務五億八〇〇〇万円の弁済資金に満たず、破産会社としてはその資金力に疑問が生じたこと、さらに、そのころからプラットグループも破産会社への投資に消極的になつてきたことなどから同年九月四日ころには交渉が決裂し、その後他の新規出資者は現れなかつた。

(4) 本件消費貸借契約は、右プラットグループとの交渉継続中に予定されていた同グループからの振込資金が入らず、三和銀行及び三菱銀行との間で昭和六二年八月末日を弁済期とする右合計一三億八〇〇〇万円について再度の弁済期間延長が合意に至らなかつたために、破産会社がその弁済資金を早急に調達する必要に迫られ、消費者金融を主たる業務とし、利息も高めである被告にやむを得ず右振込資金入金までの繋ぎ融資として借入申込みをなしたものであつた。しかしながら、破産会社は、同年九月二九日当時、新規出資者からの資金調達の目処も立たないまま訴外会社とのSPSA上の期限である同月三〇日が迫り、また、借入金債務のうち住友銀行に対する四億七〇〇〇万円、マニハニ銀行に対する合計九億〇七五四万五二七四円(三億円、五〇〇〇万円、四七七九万三二一五円、八一四七万七八五九円、二億二八二七万四二〇〇円、二億円)、商工組合中央金庫に対する二億七二九三万九〇〇〇円ほか多額の債務が同月三〇日を支払期限とするものであつたところ、破産会社の貸借対照表(甲第一号証)によれば、同日までに現金化可能な弁済資金として利用し得る資産としては現金のほか当座預金、普通預金、定期預金等を併せても三億円程度しかなく、右弁済資金が大幅に不足し、債務超過の状態にあつた。

(5) このため破産会社は、訴外会社に対しSPSAの契約延長ないし昭和六二年九月三〇日以降の保証延長についての交渉を申し入れたが、これに対して訴外会社が交渉権限のない者を派遣するなどしたため、交渉は進展しないばかりか十分な話し合いの機会も持たなかつたところ、同月二九日に至りようやくニューヨークにおいて破産会社のソーブル弁護士と訴外会社の経営者との間で話し合いがなされた。しかし、その場において訴外会社から提案されたのは、<1>保証の有償化、<2>継続的保証限度を一三〇〇万米国ドルとし、保証期限を昭和六三年八月三一日までとすること、<3>破産会社は、資金調達の最後の担保ともいうべき本件手形及びニチメン株式会社(以下「ニチメン」という。)のDHLジャパン社に対する融資への参加の一環としてのニックスに対する営業型長期貸付金(以下「DHLローン」という。)を担保として提供すること、<4>訴外会社の求償金を右保証期限までの三か月毎に分割弁済すること等であつて、破産会社としては、その存続を前提とする限り現実的な収支算段をできる案ではなく、到底受け入れられないものであつた。

そこで、同月二九日早朝ソーブル弁護士からの電話で右経緯について報告を受けたフォレストは、訴外会社に対して右条件の緩和を内容とする反対提案をしたが、訴外会社がこれを拒否し、一応交渉継続の形はとられたものの、右時期も問題の同月三〇日より後の同年一〇月二日ないし三日であり、訴外会社としては右案を破産会社が受入れない限り譲歩の余地はないとの態度を明確にしたものである。破産会社は、その存続を前提とすれば訴外会社の右案を受入れることはできなかつたが、他方、その営業資金のほとんどすべてを親会社である訴外会社の保証による借入に依存していたことから、訴外会社の新たな信用供与の途が断たれ、新規出資者の開拓の見込みもない状況では早晩清算段階に移行せざるを得ないことは明らかであつた。

(6) これを受けて破産会社は、フォレストと安東敏夫、財務経理担当従業員片山秀也との話合いの結果、商取引の信義からして破産会社の系列会社でもなく訴外会社の保証もない被告に本件債務の一五億円の損失を与えることはできないとの判断から、貸付交渉の際話に出ていた期限である昭和六二年九月三〇日に全額弁済することとし、同月二九日午前被告に電話連絡したところ、被告も即時全額弁済を求めたため、被告従業員も含め直ちに被告の債権確保、弁済方法等の検討に入つた。

(7) 本件消費貸借契約締結の際、本件債務の担保としてはフォレストの個人保証(連帯保証)のほか、破産会社と被告との間で本件不動産について抵当権設定及び代物弁済の合意がなされていたが、これについては登記手続が留保されていた。そこで、まず昭和六二年九月二九日のうちに破産会社及び被告各代表者名義の抵当権設定仮登記及び代物弁済弁済予約に基づく所有権移転請求権仮登記のための同日付委任状が作成され、同月三〇日本件各登記が経由された。

そして、これと平行して被告に対する弁済の準備が進められ、逐一被告代表者の了承を得て次のような形態で実行され、本件各弁済がなされた。

<1> 破産会社振出の小切手による弁済

破産会社は、同年九月二九日、まず自己振出の小切手による弁済に着手し、小切手2ないし4及び別紙小切手目録番号5ないし8記載の小切手(以下順次「小切手5ないし8」という。)を振出し被告に交付した。これは、当時破産会社自身右預金残高が正確に把握できず逐次これを確認しつつ行われたためであるが、初回のもの(小切手2、4及び7)は同日二九日を振出日として、他は同月三〇日を振出日としてそれぞれ振出交付され、金融機関等に対して同日を弁済期とする前記各債務がありその支払の目処もついていないにもかかわらず、右額面額を合計すると破産会社の各預金残高のほぼ全額に見合う額となる小切手をそれぞれ振出した結果となつた。

<2> DHLローンの解約による小切手1の裏書交付

DHLローンは、前記のとおり営業型貸付金であつて利率もよく資産価値が高く、訴外会社の前記最終提案中においてもその担保提供が求められていたものであるが、フォレストは、直ちに右ローンの債務者であるニックス、共同融資者となつているニチメン等との間でこれを期限前解約し取り崩すことによりニックスから解約金を取得するべく交渉を開始し、同月三〇日夕刻ニチメンにおいて右解約金七億〇五四三万五四六〇円を額面額とするニックス振出の小切手1の交付を受け、直ちに付近で待機していた被告の従業員にこれを裏書交付した。

<3> 本件手形の裏書交付

本件手形は、前記訴外会社の最終提案において担保としてその提供を求められていた商業手形の大部分を占めるものであるが、破産会社が被告に対し同月三〇日二回にわたり右割引きを依頼し(甲第一四号証の一、二)、かつ、その割引代金でもつて本件債務の弁済をする旨を通知したため、被告は、右割引手数料合計一〇六〇万六三七六円を控除のうえ割引代金を本件債務の支払に当てることとし、右額面合計五億六四八〇万二九八七円の本件手形二三五通すべてについて破産会社の裏書交付を得てこれを取得した。

(8) その後、被告は、同年九月三〇日、支払人を三菱銀行溜池支店とする小切手5及び支払人を住友銀行日本橋支店とする小切手6の支払呈示をなしたものの支払銀行の要請により依頼返却を受け、また、小切手7及び8についてはその支払人であるマニハニ銀行から資金不足を理由として不渡処分を受けたが、これらを除く本件小切手・手形はすべて支払呈示をして換金した。

(9) 結局、昭和六二年一〇月初旬に予定されていた破産会社と訴外会社との交渉は行われず、また、同年九月三〇日を弁済期とする破産会社の前記各債務については右交渉の経緯等について情報の乏しかつた商工組合中央金庫が債務の切替えに応じたほかはその支払猶予のないまま弁済期を経過し、破産会社は、いずれの債務もこれを履行することができなかつた。右債務は、いずれも同年一〇月初旬ころ各銀行の預金残高との相殺、訴外会社による保証債務の履行により弁済され、訴外会社は、右について破産会社に対し同額の求償債権を取得したが、破産会社にはもはや再建の見込みがなかつたため、同年一〇月二三日東京地方裁判所に対し破産会社の破産宣告の申立をした。そして、破産会社は、以後一年間以上にわたり存続したものの、実質的な営業活動を停止し、多額の不良債権の累積により同年及び翌昭和六三年ともに多額の欠損を計上した。

なお、破産会社は、破産手続中の昭和六三年六月二二日同裁判所に和議開始の申立をしたが、同申立が訴外会社の右求償債権を無視したものであつたことに加えて、破産会社の右営業内容に照らし和議条件自体実現可能性に乏しいものであつたため、同年一一月一六日和議開始の申立は棄却され、同年一二月一九日午前一一時破産会社に対し破産宣告がなされるに至つた。

(三)  ところで、被告は、本件各弁済について本件手形・小切手の交付は本件債務の支払のためになされたものであつて代物弁済ではなく、小切手2ないし4の交付による弁済についても弁済日は昭和六二年九月三〇日である旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、破産会社の総勘定元帳には、小切手2ないし4の額面額については同月二九日付で借方勘定で決済済みであること、被告から破産会社に対し、小切手2ないし8については九月二九日付で額面合計三億四〇〇〇万円の領収証及び小切手1については同年一〇月一日付で額面額七億〇五四三万五四六〇円の領収証が発行されていること、本件手形については右(二)認定のとおり被告において割引手数料一〇六〇万六三七六円を取得して割引く形で破産会社から被告に対して裏書交付がなされ、本件手形の額面合計から右割引手数料を控除した五億五四一九万六六一一円については、「約束手形割引による支払」と題して本件貸金債務の返済がなされた旨の貸付金返済明細書が作成されていることが認定できる。

以上の事実を総合考慮すると、破産会社の被告に対する小切手2ないし4の交付による弁済日は同年九月二九日であること、破産会社から被告に対し、本件債務額のうち少なくとも七億六四四三万五四六〇円の弁済に代えて小切手1並びに2ないし4(額面合計七億六四四三万五四六〇円)及び本件債務額のうち五億五四一九万六六一一円の弁済に代えて本件手形がそれぞれ交付されたものと推認することができ、これを覆すに足りる的確な証拠はない。したがつて、被告は、破産会社から本件手形・小切手をもつて本件債務の代物弁済を受けたものと解するのが相当である。

なお、被告は、破産会社の昭和六二年九月二九日当時の危殆状態について、本件不動産について本件債務を担保するに十分な担保余力があつたこと、訴外会社の継続的保証が存続する限り信用上何らの問題もなく、訴外会社との右保証期限の延長に関する交渉は続行されていたことなどを理由としてこれを争つている。

しかしながら、本件不動産の担保価値については、これを五一億円余とする昭和六二年六月二五日付の鑑定書等被告の右主張に副う証拠も存在するものの、《証拠略》によれば、本件不動産の担保価値は同年一二月九日時点で三二億四〇〇〇万円との評価であり、また、《証拠略》によれば、破産会社が昭和六〇年七月二五日に本件不動産を取得した時点での価格は八億八二〇一万二九九四円であること、さらに、《証拠略》によれば、本件不動産の競売手続において平成元年六月時点で評価人によつて二〇億三三一九万円との評価がなされ、実際には平成二年二月二一日に二五億円でその買受人に対する売却許可決定がなされていることが認められる。加えて、乙第一一号証は、そもそも破産会社が新規出資者との交渉を進める際に使用する資料として作成させたものであつて、フォレスト自身その供述中で認めているとおり複数の鑑定評価の中でも特に評価が高いものであり、その信用性には疑問があることが認められることにかんがみると、昭和六〇年代の極端な不動産価格の上昇と下落、競売手続における価格の特殊性及び右手続で考慮されるフォレストの建物についての居住権を考慮しても、被告主張のように本件不動産が当時四五億円ないし五〇億円の価値を有していたものと認めることはできない。のみならず前記(二)認定のとおり被告が本件不動産に対する担保権設定登記手続を留保していることは、破産会社の早期弁済を前提としていたとはいえ本件貸付金額が高額であることからすると不自然というほかはなく、また、同様に訴外会社の破産会社に対する最終提案において本件手形やDHLローンについてこれを実質的担保としているにもかかわらず、本件不動産については何ら言及されていないこと、本件各弁済にあたつても被告会社は支払期日までかなり長期にわたる本件手形の取得を優先し、本件不動産に対する本件各登記についての本登記手続及びその担保権実行の手続も取られていないこと等の事実に照らすと、昭和六二年九月二九日当時本件不動産には既に担保余力はなく、被告もこれを十分認識していたものと推認することができる。

また、訴外会社の破産会社に対する保証延長の点については、確かに本件契約当時新規出資者との交渉成立のほか万一右交渉が不首尾に終わつた場合でも訴外会社の保証が継続されるとの信頼のもとに貸付を実行されたであろうことは想像に難くないものの、前記(二)認定事実、すなわち本件各弁済が弁済期前に本件手形二三五通の割引を含め異例の代物弁済の形態で、しかも五月雨式になされていること、破産会社振出にかかる小切手の呈示に対して支払銀行が依頼返却要請、不渡処分等の対処をとつていることに加えて、前記証人片山の証言によれば、同人は昭和六二年九月二九日限りで破産会社の退職を勧告されていること、同年一〇月初旬に予定されていた破産会社と訴外会社との交渉は結局行われなかつたこと等の事実が認められ、以上の事実に徴すると、破産会社は、同年九月二九日の時点で右交渉が実質的に物別れに終わり同月三〇日以降訴外会社による保証の期限が延長されない事態の認識を持つていたものと認めるのが相当であり、少なくとも本件各弁済当時においては被告もこれを認識していたものと認めることができる。

4  そこで、請求原因5(破産会社の詐害意思)について判断する。

以上の認定事実によれば、破産会社は、自己の資金繰りの窮状について認識していたことはもちろんのこと、訴外会社の保証延長の可能性がないことも認識したうえ、訴外会社の保証のない被告に対する本件債務を弁済期前であるにもかかわらず急遽弁済することとし、破産債権者の受けるべき満足を低下させる結果になることを知りながら、他の債権者を犠牲にして被告に利益を与える意思で本件各弁済を行つたものと認めるのが相当である。

5  しかして、本件訴状が被告に対し平成元年一月二六日送達されたことは、本件記録上明らかである。

二  各抗弁について

1  抗弁1(一)(被告の善意)について

本件貸付が繋ぎ融資としてなされたことは当事者間に争いがないところ、《証拠略》によれば、被告は、本件貸付に当たりSPSA及び破産会社と当時交渉中であつたプラットグループとの契約書の内容等も確認し、不明の点についても破産会社の顧問弁護士に確認をなしてこれらの内容については熟知していたこと、被告は、破産会社が債務の返済源資として第一次的には新規出資者による振込資金を予定していたものの、右交渉が昭和六二年九月初旬に頓挫したことを了知していたこと、被告は、本件不動産に対する前記担保権についての登記手続を留保していたうえ、その仮登記経由後本登記手続や右担保権の実行をなしていないこと、さらに本件各弁済態様は極めて特異であり、手形割引、DHLローンの取崩し等の弁済方法については、その都度被告の了承を得てなされていること、被告が小切手の依頼返却に応じたことはあるものの、これは支払人たる銀行から自己の債権の保全のため被告が依頼返却をしない限り相殺勘定として資金不足により不渡扱いとする旨申し入れがあり、やむを得ずなされた措置であつて破産会社に対する信用供与とはいえないこと、被告の最終的には訴外会社が責任をとるであろうことに対する信頼といつても、本件債務について訴外会社の保証がなされているわけではないことはもちろん、被告代表者自身訴外会社がいかなる方法で自己の責任を果たすべきかについては何ら明確な認識がないこと等の事実が認められる。

そしてまた、前記一3認定の事実に照らすと、破産会社と訴外会社の保証延長についての交渉は実質的に決裂し、被告もこれを認識していたというべきであるし、さらに被告は、金融会社であつて本件貸付金が一五億円という高額なものであることから、その貸付に当たり破産会社の資金繰りについて一定の調査をなしていたものと認めるのが当然であり、かつまた、本件各弁済当時本件不動産には担保余力がなかつたものというべきである。

してみれば、なるほど本件貸付時点においては被告代表者と前記片山との人間関係から被告としても善意で破産会社の親会社である訴外会社に対する一般的信頼に基づき右貸付をなしたものと考えられるにしても、遅くとも本件各弁済時においては被告に対する弁済が他の破産債権者を害する結果となることについて被告が知らなかつたものと認めることは到底できない。

したがつて、右抗弁1(一)は理由がない。

2  抗弁1(二)(正当性)について

(一)  抗弁1(二)(1)(本旨弁済)

前記一2認定のとおり本件債務の弁済期は昭和六二年一一月三〇日であり、また、前記一3認定のとおり本件各弁済の態様も約束手形・小切手による代物弁済であるから、本旨弁済に該当しないことは明らかであつて、右抗弁1(二)(1)はその前提を欠き失当である。のみならず仮に本旨弁済であるとしても、前記一2ないし3認定の事実に照らすと、本件各弁済は他の債権者を犠牲にして被告のみに利益を与えようとする意思をもつてなされた弁済であり、被告もこれを了知していたことが明らかであるから、本件否認権の行使は妨げられないものというべきである。

(二)  抗弁1(二)(2)(抵当権者等に対する弁済)

抗弁1(二)(2)の事実のうち、本件不動産について本件貸付債権を担保するため代物弁済契約及び抵当権設定契約が締結されたこと及び本件各登記が経由されていることは当事者間に争いがない。

しかし、前記一3認定のとおり本件不動産には担保余力がなく、被告の本件貸付債権は実質的には右不動産をもつて担保されないことが明らかであるから、これをもつて本件各弁済について破産債権者を害する行為に当たらないと解する特段の事情があるということはできない。

(三)  抗弁1(二)(3)(訴外会社と破産会社との関係の特殊性)

抗弁1(二)(3)の事実のうち、破産会社の全株式を保有する親会社である訴外会社が世界的にも規模の大きい会社であること、被告が破産会社の繋ぎ融資の申し入れに応じて本件貸付をしたこと、本件不動産について本件貸金債権を担保するため代物弁済契約及び抵当権設定契約が締結されたことは当事者間に争いがない。

しかし、被告は、破産会社の親会社との破産債権についての破産手続上原則として劣後的に扱うべきである旨を主張するかのごときであるが、前記一3認定の事実に徴すると、訴外会社は破産債権者のひとりであること、破産会社の親会社の債権であつても破産債権としては異なるところはなく、しかも本件の場合そのほとんどは破産会社のための保証債務の履行による求償債権であつて、右保証債務が履行されなかつた場合には、本来の債権者が破産債権者となることは必定であるから、この場合との均衡上もかかる扱いができないことは明らかである。そもそも本件否認権の行使により保護されるべき破産債権者は、訴外会社に限られるものではなく、否認権の行使及びその対象はこれら破産債権者全体の利益のために破産管財人が決定するのであるから、被告がひとり破産会社との関係のみで本件否認権行使を論難するのは当を得ないものといわなければならない。

してみると、訴外会社に対する一般的な信頼に基づき本件貸付をなした被告がその期待を裏切られる結果となつた事情はあるとしても、被告の商取引上の見込みが外れたに過ぎず、右事情が本件各弁済の正当性を根拠づける特段の事由に該当するものということはできない。

3  以上の次第で、故意否認に対する各抗弁はいずれも理由がなく、結局、その余の点について判断をするまでもなく、原告は、破産会社の本件各弁済行為を破産法七二条一号により否認することができるというべきである。

しかして、本件手形による代物弁済については、前記一3の認定のとおり破産会社から被告に対してその額面額から割引手数料を控除した五億五四一九万六六一一円が本件債務額に充当されているけれども、破産法上の否認権行使に基づく原状回復義務は、破産財団をして否認された行為がなかつた原状に回復せしめ、破産財団が右行為によつて受けた損害を填補することを目的とするものであるから、本件手形・小切手が換金されて被告の手中に存しない以上、被告は原告に対し、本件手形・小切手の返還に代えてその額面どおりの金員合計一三億二九二三万八四四七円及びこれに対する平成元年一月二七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の償還義務があるものと解するのが相当である。

三  結論

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福井厚士 裁判官 河野清孝)

裁判官手嶋あさみは転勤のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 福井厚士)

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